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河瀬直美監督「あん」

河瀬直美監督作品「あん」を観てきました。
ドリアン助川さんの原作を先に読んでいまして、あらすじは頭に入っていました。
原作がとても素晴らしかったので、河瀬監督がどう撮られていくか気になっていました。

「これまで、自分とまったく関係のない人たちだった。それなのに今、彼らは内側に入り込んできて、なにかをささやこうとしたり、困ったような顔で見つめてくる」

生気を帯びた言葉の美しさが印象に残ります。


余談ですが、私の住んでいる街に「こぶし館」という建物があります。
教会のような小さいホールと台所、寝室等居住施設がある、山を背にしたちょっと変わった間取りの建物です。
普段は無人で、玄関も空きっぱなし。
写真展やお芝居の公演など時々催されています。

久松山を背にして、風が吹くと木々が葉を揺らすのが窓から見えるのが美しく、「夢の住居」でした。

「こぶし館」の2階の目立たない場所に書斎があります。
ハンセン病の歴史や、療養所で暮らされている方の詩集などが所蔵されていました。
「こぶし館」は元々は故郷から隔離されたハンセン病の元患者の方が、宿泊できるために作られた施設だそうです。
私にとっての「あん」は、原作とこぶし館の風景を思い浮かべながらの鑑賞になりました。


小さいどら焼き屋を営む千太郎の元に、ある日訪れた老女の徳江さん。
時給も半分で良いので働きたいと申し出る。
最初は断った千太郎だが、常連の少女、ワカナの一言と徳江さんの残してきたあんの抜群の美味しさを知り、雇うことにする。


映画でも原作でも好きだったのは、仕事の楽しさを描いている事です。
客足の遠のいているどら焼き屋で、どんな風においしい餡を作っていけば良いか、千太郎が徳江さんの教えを乞いながらが試行錯誤していきます。
努力が実って、少しずつ賑わっていって、徳江さんもあん作りから接客に移って行って、常連さんと会話も弾んで明るい熱気が満ちていく。

あん作りは完璧な徳江さんが、皮作りには四苦八苦して、皮担当の千太郎さんを思いやる場面も可愛らしかったです。

常に変わらない森羅万象と対照的な人の営みは、「働く」ことだと、河瀬監督もドリアン助川さんも捉えられているのかもしれません。
お店から離れた徳江さんが、一気に老け込んだのも分かる気がします。

早くに明らかにされますが、徳江さんはハンセン病患者で、ワカナ位の少女時代に移されて、ずっと療養所で暮らしていました。
結婚も妊娠も、死も療養所で済ませました。


噂が広まったのか、どら焼き店から客足が途絶える場面も、そっけない撮り方でした。
らい病だ、とはっきり指摘する千太郎の家主さんはまだストレートで、
人が偏見から何かを忌諱する瞬間は、本当にあっけないものなのかもしれません。
ちょっと妨げになりそうなもの、ストレスになりそうなものから目を離してしまう。

私がハンセン病政策に感じることは、日本社会の無視と無責任です。
患者さんを隔離するのが国策だった時代もありました、治る病気だと分かったのに、引き続き隔離も綴られていました。若い時分に故郷から離された人達が社会の営みに戻ることも叶いませんでした。

たとえば患者の方の苦難を描いた映画の場面に涙しても、同じ場所に泊まりたくはない、と感じてしまう、普通の人々の心理の流れがあるのではないでしょうか。
それに抵抗するには、強い意志と曇りのない目が要ります。
目が曇ったままでも生活はできますが、それによって振り落とされる何かは少なくない。

ですが、映画も原作も、「あん」は、「こういう惨いことがあった」という怒りや悲しみではなく、生を全うした人の喜びや、日々の暮らしを描いていっています。人の尊厳への視線があります。

徳江さんの樹木希林さん。
好きな女優さんですが更に好きな人になりました。
その人になりきる、その人の上に流れる時間もともに表現される。巧さを超越して、
徳江さんは淡々としていながら、おばちゃんでコミカルで。
悲しみも、全て受け入れていった人が、「働きたい」と願った姿に、最後の好奇心や「やる気」が感じられて愛おしかったです。

永瀬正敏さんの千太郎。
重罪を背負っている彼ですが、お店や自室を清潔に保っている事が、彼自身の個性を感じさせられます。スクリーンを通して感じたのですが、調理する動作が品があり、美しい!
すごく個人的な感慨なのですが、永瀬さんのファンになった「隠し剣・鬼の爪」から11年の久々の地元映画館上映でした。
「あん」は延長が決まり、映画館も普段よりは埋まっています。これはすごい事なんです。映画ファンの多い都会のスクリーンではないですから、自然と映画に引き付けられた人が多いではないでしょうか。

原作を読んで、自然に「千太郎は永瀬さん」と思えて、それは間違いなかったです。
これで、新しく永瀬さんのファンになる方も多いと思います。
これからも様々な役を演じてほしい、と心から思います。


若菜役の内田伽羅さん。
あの年頃の女の子って、時々膨張した感情でダルマ状態になって、外見はぼうっとしてているように見える子もいますね。
原作の若菜ちゃんはいい子のイメージばかりありましたが、伽羅さんの存在感ですごくリアルに肉付いた気がします。
大人になることで、どんどん芽吹いて行って聡明になる人ではないかなあ。


少ない場面の登場でしたが、若菜の先輩役の大賀さん。
三月に見たお芝居「結びの庭」でもガッチリ観たのですが、やっぱり感じの良い演技されます。若いけれど引きだしを多く持っている人だと思う。これから期待です。

オーナーの浅田美代子さん。
実は原作では邪悪ささえ感じる人だったのですが、(クワイエットルームにようこその西田おばさん並み)浅田さんだと、世話するものが多すぎて、あらゆるリスクを避けようとしている女性のように思えました。
もしかしたら、旦那さんの支えを無くして、ばたばたと忙しく過ごしている人なのかもしれません。


療養所は、建物も道も剪定する人が老いていったためか、緑に埋もれそうなのに泣けましたが、緑の一つ一つが、亡くなっていかれた患者さんの骸と地続きにあるのですよね。

徳江さんが、千太郎と若菜の中に大きなものを遺していったのも、2人の涙で伝わりました。千太郎が、悲しみから一つの光明を見つけ出したのも。
千太郎の涙が忘れられなかったです。
中の人の永瀬さんの演技と共に泣けたのは初めてだったかなあ。(今までかっよい、かっこよいばっかりだったのでした)


最後に先に繋がる希望があったのが素晴らしかったです。
木々が太陽からエネルギーをらって生きていくように、人は楽天性によって前に歩いていくのかもしれません。
徳江さんの面影をみて、ああ自分も人生の折り返し地点についているのだなあと感じました。
せめて、曇りのない目を持って生きていきたいですね。
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「KANO」~高い熱度と、吹き抜ける風

 大阪アジアン映画祭、オープニング作品「kano」を鑑賞しました。
 台湾の西南部の街、嘉義にあった高校「嘉義農林高校」が、日本統治下の1931年に全国中等学校野球大会で準優勝まで進出したという実話をもとに作られた映画です。
 タイトル「KANO」は「KANO」から採ったもの、中等学校野球大会は現在甲子園で行われる全国高校野球大会ですね。

 すべてにおいて力強い映画でした。
 若い球児たちの、教え導く近藤先生の、ダムを作り上げる八田技師の、体温が伝わってくるように高い熱度を感じました。
 ひたすらにまっすぐ一本道のドラマです。
 のどかに遊び半分に野球生活を楽しんでいた生徒たちが、かつて日本の中等学校野球大会の指導で挫折した近藤先生と出会い、野球の技術を学んで甲子園に出場する迄。
 日本統治下の物語なので、部員たちは日本人名、日本語で話しています。大阪出身の子は大阪弁を話していたりします。日本人と漢民族、昔から台湾の地に住んでいた原住民の血筋の人、3つのルーツの少年たちで構成されたチームです。

 ライバル学校との戦い、卒業していく高校生たちとの別れ、ひたすらのひたむきな努力、そして甲子園へたどり着く。
 
 高い熱度を持ちながら籠らないのは、出てくる人のほとんどがさわやかな佇まいだったからでしょうね。豊かな水郷の上に吹く風のように涼しい風が流れていきます。

 近藤先生は私財をなげうって指導に当たりますが、生徒たちとの関係は野球のみを通して教え導く立場を守っています。近藤先生を支える奥様も、娘たちも明るくて可愛らしい。  
 とても魅力的なシーン、美しい場面をさっと撮り、すぐさま時間は移り変わっていきます。
 これみよがしな場面が一つもありません。

 ちょっと笑える所も多い。
 先生のいう事をそのままストレートに真似る天然の男の子とか、眼鏡をかけている子に「メガネ」と呼びかける近藤先生の言葉とか。

 ネガティブな負の視点を持っていません。それらしいのは、野球チームの人種構成を揶揄してくる日本の新聞記者だけですね。負の面や弱さを中心に描いていくのはドラマの源かもしれないのですが、大画面で3時間人の目を引きつけておける力を持つのは、人の持つ陽の面が、圧倒的に輝いていたからではと思います。

 途中から、甲子園に初出場しながらも敗れてしまうチームのキャプテンが登場します。彼も、嘉義の少年たちと同じくらいに丁寧に描かれています。

 敗者の立場になるキャプテン役の俳優さんがとても美しい、いい面構えしていて、大変な努力して甲子園にたどり着いたのだと分かる。だからこそ、嘉義の野球の持つ凄さを見抜いたのかもしれない。相手の強さを見抜いた上で負けた彼が、嘉義の存在を、長く心に残し続けて、やがて台湾を訪れる場面も忘れられません。
 彼の上に流れる時間と、台湾と日本の歴史が重なっていくのです。

 嘉義農林高校の、無垢で無心なエース、アキラくん。ムードメイカーで天然ぶりが可愛い平野。家族に愛される、ど根性の小池。
 農林高校の先生たち。ただいるだけで絶対的な存在感を見せている近藤先生。
 永瀬正敏さんファンですが、これほど、大予算と人員を投じた大作映画の画面に生える存在なのだと改めて知りました。スケールの大きさと、俳優さんの持つ人間性の蓄積が相乗効果になっていました。理屈ではありませんね。古武士のような少しの疲弊感も色気となり、これは30年間の、高山のように聳える永瀬正敏さんの俳優歴があったからこそ、創り出せた人物像の気がします。
 いつも柔和な笑顔の八田技師さんの佇まいも素敵でしたね。

 この映画の鑑賞中に、思い出した台詞がありました。
 好きな漫画の中の言葉で、漫画の中では最も壮絶な風景のあと、放たれた言葉です。
「KANO」の終盤戦、アキラ君の投手を務める姿を見て連想しました。

「その朝がくるなら私たちはその朝に向かって生きよう 私たちは血を吐きつつくり返しくり 返しその朝を こえてとぶ鳥だ!」

 なるべく早くに公開されてほしいです。
 一番の希望は8月の甲子園シーズン!
 北海道の、九州の、横浜、日本全国の球児たちに見てほしいです。
 球児だけでなく、何かに打ち込む人々たちすべてに何かの力を与える映画だと思います。
 (あと、忘れてはならないのですが、野球部の若者たちはは爽やかなイケメン揃いですよ^^)


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「小さな学校」~まなざし

 普段日参させて頂いているブログ「遺言」様より、神奈川県の山間にある、小さい学校のドキュメントのDVDを頂き、拝見しました。

 子ども達が6人と先生が9人の、とても小さな学校の1年です。
 静かな映画だった気がします。
 子ども達と先生の声の他は、大きな音と言えば車の通りがかる音位。
 代わりに豊かな里山の自然が、子ども達を包むように存在している。
 緑、霜、雨、時折差し込まれる自然の様相がとても美しかったです。

 秋の音楽劇で子供たちは「篠原の素敵な音をプレゼントしましょう」と歌っています。
 彼らはどんな音を聞いて日々を過ごしているのでしょうか。

 淡々としていて、泣き声も喧嘩の声もなく、聞こえるのは笑い声です。
 物語はなく、ただ来年には閉校してしまう学校の日々を映し出しています。
 時々「のせさん」という人がカメラを持っているのが分かります。「のせさん」も声がない登場人物ですね。

 そんな中で、子供達は輝く素質を持ってすくすく育っているのがわかりました。
 成長著しいむっちゃん、一言一言が絶妙なひろくん、言葉は少なめだけど、温かなあすかちゃん、命に対して繊細な感覚を持つたくやくん、笑顔が美しいゆいちゃん、日々の生活に澄んだ眼差しをむけるあんなちゃん。
そして先生たち。


 先生が子供達を見る、温かい視線の中にときおり、真剣なまなざしが混じるのが印象に残りました。人を教え導く仕事の厳しさを感じます。

 先生も子供たちも、光り輝く玉のような存在なのだと思いました。
 本当は、人は誰でも透き通った輝くものを持っているのですが、今は世間の作り出す様々な観念にふりわけられ、その人自身の良さが見えなくなっています。

 校長先生が後ろから筆を持っての習字のお稽古。
 水遣りのホースから生まれた二本の虹。
 放射線状に広がる一輪車。
 学校がなくなるのと歩みを合わせるのか、少しずついなくなっていく学校で飼う動物たちと、あんなちゃんあすかちゃんの準備するエサに寄ってくる山鳥。

 忘れられない場面ばかりです。ただ、日常に目にするシーンなのに、なぜ心に残るのでしょうか。
 見ていると、自分の中にある子供が、傍らにすわって目を凝らしているのを感じます。
 この映画は、見ている人の心の中の子供を思い出させる力を持っているのではないかなと思いました。

 とても静かな中に、130年の歴史が終わろうとする重みが淡々と迫ってきます。
 学校は今終わろうとしますが、子供たちは成長を止めません。
 二つの時間が交差するのが、終わりの歌声だと思いました。

 頂いてから何度もDVDを見返しました。むっちゃん達のような無垢な視線も、先生たちのような厳しくも暖かい眼差しも、それぞれ持てる人になりたいと思います。
 ここには人の素の存在の輝きが見て取れます。
 いつかぜひ、映画館の大きなスクリーンで見てみたい映画です。

「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」フィンチャー版

2月23日に見に行きました。
原作のシリーズを愛読しておりまして、更に好きな俳優さんのダニエル・クレイグも出演されるということで、長い間楽しみにしていました。

「移民の歌」と共に流れるタイトルバックが美しかったです!
予告編でも有名になった「移民の歌」と共に、黒いバイクの肌→石油と漆黒のイメージ。マシンの冷え冷えした黒と、石油の滑る黒の表現と、合間に蛇みたいにうねる電脳のコネクタ、コード類。そしてリスベット&ミカエル。

ウェブ上でも閲覧はできますが、迫力と美しさがぜんぜん違うので、ぜひ映画館で見て欲しいです。

→ちなみに、フィンチャー監督のPVの傑作です。こちらもモノトーンの美が際立っています。

北欧の冬の薄暗い蒼と雪の白が美しかったです。
ごうごうと風が荒れ狂う中に雪が舞う場面は、スクリーンに見入ってしまったのですが、その中にいるだけで命を奪われそうになる自然の怖さも感じました。
「ミレニアム」の表紙とか、お店のロゴとか。さりげないところにシンプルでお洒落なデザインがあり、また、音響も臨場感がありました。雪風や悲鳴や、震えるはずのないものが震える音とか耳に残ります。
原作を大胆に脚色されていました。
「ドラゴン・タトゥーの女」でコアとされる部分、映画の中で必要とされている面だけを切り取っています。特にヴェンネルストレム関係のことはざっくり。よってミレニアム編集部関係の下りも殆ど姿を消しています。


娯楽性の高いところや、登場人物を魅力的に描いていく下りも容赦なく切り捨てていっています。その分をミカエル&リスベットの描写に割かれていました。


リスべットは電脳を操るスーパーヒロインでなく、ミカエルは高い理想を持つパワフルなジャーナリストではなく。

高い能力をもちながら、幼い頃から言われなき偏見と暴力にさらされ、世間に対する警戒心で殻に閉じこもっているリスベット。敗者のレッテルを貼られた上に畑違いの事件捜査に召還されて、右往左往している中年男のミカエル。そんな印象を受けました。


リスベットを演じるルニー・マーラさんは、中世の少女図みたいな、繊細な顔立ちで横顔の鼻のラインが綺麗です。やせっぽちで小柄でまるで少年の様な外見で、か弱さもどこか漂わせています。


映画の前半ですが、彼女は大きい斜めがけ鞄の肩紐を、両手でぐっと掴んでいる仕草をよくしていて、それは全身に力が入っている姿勢なんですね。


人は、「外見や標準から外れた人間、世間のマナーを守っていない人間」には警戒感と共に、「この人間なら、嫌われてもこちらは損をしない/傷付けても痛みを感じないだろう」と適当に扱ったりはしないでしょうか。
人間誰しもそんな暗部は持っているのですが、リスベットはその偏見や迫害に幾度もさらされていました。
自立して生計を立てていながらも、後見人による生活の管理を求められています。
とうとう口座を管理する権利を奪われてしまったリスベットが上げる叫びは忘れられません。

スウェーデン版のリスベットは体を鍛えた強い女のイメージだったそうですので。正反対の創り方をされていますね。


相棒のミカエル・ブルムクヴィストはダニエル・クレイグ。
とってもミカエルなダニエルでした。
今まで何度かダニエルさんの主演大作を見ていたのですが、作品のスケールに関わらず、映画の世界の一部分になる役者さんなんだなあと実感しました。

ちなみに殺しのライセンスを持つ最近のダニエルさん。殺しのライセンスを持つ男2012年新春別人のようです。


たとえばカウボーイ&エイリアンは、スーパーヒーロー物なのですが、ダニエルはそのまま「開拓時代に、記憶を失っているが、片腕に奇妙な細工物が植え付けられている男」なんですね。
やっぱり舞台出身だからでしょうか、スター性とか華とは別の面で、力量を発揮する人です。


今回のミカエルはもセンスはよいけどちょっと崩れた風体とか、デザインが微妙なパジャマ姿とか、傷口縫われてボヤく姿とか、格好良さのかけらもなく(ほめてます)、生身感があります。


ドラガン・アルマンスキーとの対峙の場面も、激高のミカエルVS冷静なドラガン氏でしたね。
ドラガン氏役のゴランさんが紳士的なハンサムで、短いシーンながら心に残りました。
2,3と続くなら、ぜひドラガン氏の活躍を…・・・!


ミカエルは人をそのまま、偏見もなく人として扱うことのできる人なんだと思います。
一旦信頼したら、自分が損する可能性があっても相手に力を貸せる人なのでしょうね。
しかも無意識にして。リスベットにとってはそんな人間の存在は驚きだったのでは。


間に強烈な性暴力の場面があり、暴力場面が苦手な人、被害経験がある人は見ていてダメージを受けてしまうかもしれません。
それと、猫を愛する人もショックを受ける可能性が・・・・・・(可愛かったのに涙)


レイプ加害者のビュルマン弁護士は一見穏やかな家族人でした。レイプの後も後悔しているそぶりを見せます。
でも、加害者がやさしげな顔を見せるというのは、絶対的な力量の差がある場合が殆どのためです。
痴漢がおとなしそうに見える、後から警察に突き出したりしないような人に手を出すのと同じです。
(性被害を受けた人が、ショックを軽減するために被害を無いものとして扱う事も、長い年月が経って、何故訴えなかったんだと自責する事もあります)


映画感想から離れてしまいました。


ブラックホールのような引力がある映画です。
冴え冴えとして、暴力的で、凄惨で、でも美しく繊細。
これほど工芸品の様に作りこまれていながら胸に迫る作品はなかなか出会えないと思います。


以下ネタバレになるのでたたみます。

→続きを読む

映画「三銃士~王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」

ポール・アンダーソン監督の3D映画大作「三銃士~王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」/地元の映画館にて鑑賞しました!

宝塚歌劇雪組公演に続いての「三銃士」です。人形劇に韓流ミュージカルに乙女ゲーム、と今年は三銃士ブームなのかなと思いきや、原作を製作者さんなりにアレンジした、独創性のある作品が数多く見られるようです。

 大作「三銃士」も予告編から、まず当時には絶対に作られていなかった「飛行船」が登場。
 「飛行船」が戦時の兵器になったのは第一次世界大戦のドイツ軍からで、はじめは偵察用で、中期から弾倉を取り付けて爆撃兵器に転用されたようです。
 また、高度を飛ぶので、操作員の人達は酸欠状態になり、大変な状況だったとか。当然として今回は、そういう乗り手の苦難は描かれていません。


 ゴージャスで面白かったです!
 パワフルなアクションがつるべ打ちでした。だらける所も無く、最初から終わりまで一気に駆け抜けていきます。マントを翻してのフェンシングは、スピード感を行かした殺陣で、華麗でしたね。
 また、お衣装は生地の質感からも豪奢さが伝わってきます。


 若者グループとベテラングループが区切られていて、主人公ダルタニアンとルイ13世&アンヌ王妃、コンスタンスは若者。ルイは幼王という感じが出ていましたし、アンヌは少女ながら、女王として気概を育みつつある人物でした。この2人の不器用なコミュニケーションも、味わいの一つになっています。
 浮気を疑われるような感情の交歓はなく、ただ戸惑っている……という表現になっていました。
 そういえばオーランド・ブルーム氏演じるバッキンガム公は両刀遣いの人で、「女なんて面倒くさい」という台詞がなかったでしたっけ(汗)


 ベテラングループは多士済々で適材適所。
 とっても大きい存在だったミラ・ジョヴォヴィッチさん演じるミレディは峰不二子ちゃんかボンドガール並みの活躍。物語の大輪の華として咲き誇っていました。
 アトス役のマシュー・マクファディンさんの陰鬱な雰囲気、アラミス役のルーク・エヴァンズさんの優雅さ、それぞれ素敵でした。
 アラミスさんはハンサムなのですが、それ以上に仕草が美しく、繊細な心を持つ人なのが伝わりました。レイ・スティーヴンソンさんのポルトスの兄貴ぶりも良かったです。ちょっと毛色の違う男子ぶりで、お金持ち未亡人の恋人を持つという、原作の要素も生かされていましたね。
 ちょい役ですが、好きな洋画に度々出演されている、デクスター・フレッチャーさんもダルタニヤンのパパ役で発見して、ほくほくしてしまいました。

 
 宝塚歌劇「仮面の男」と三銃士の気質は同じですので、雪組バージョンを見られた方は、映画を鑑賞されても楽しいかも?(無職状態の三銃士の描き方は、ポール監督のほうがうまかったですね……)


 大人キャラクターは名優揃いですが、主役はちゃんとダルタニアンです。
 ガスコーニュの田舎で育てられた明朗な少年が、アニキな先輩たちに見守られて、恋するヒロインのために大活躍する筋書きはちゃんと抑えられていましたね。
 有名な「一人は皆のために」は最後に一回だけ出てきます。若輩者のダルは銃士見習いからのスタートでしたものね。


 明らかに続編ができそうな仕様になっていますが、もし続編が決まりましたらいよいよ歴史IFファンタジーものになりそうです。
 オーリーのバッキンガム公&ミレディと最終決戦になるのでしょうか。枢機卿も健在ですし、次に続く素材は一杯残されている感じがします。


 
 さてさて、今回は私の贔屓の俳優さんが出られています。
 ロシュフォール伯爵=デンマークの国宝、マッツ・ミケルセンさん!

three-musketeers-mads-mikkelsen-poster.jpg

 
 マッツさんは存在感がとにかく巨きい方です。
 肉体から伝わる説得力がとても大きい。
 画面を支配する力を持っています。 
 どこか、ほんのわずか繊細な所で、ほかの俳優さんとは異なる色合いを持っている気がします。
 役者畑ではなく、元スポーツマンで、ダンサーという経歴がそうさせるかもしれません。
 そしてスタイルが完璧な上、機敏に動くのですよね。
 今回はフェンシングの剣闘・・・・・・数年前は古代ギリシアの殺陣、その後はピアノ、言葉の違う国の映画出演は普通ですし、いったいこの方の余力はどれ位生まれているのだろう、と思います。
 

 枢機卿に対して、何やら上司以上の恐れを抱いているよう。
 数少ない台詞ですが、それ以上に深く重い感情が伝わってきました。
 うーん、せっかくの名優同士、さらに絡んで欲しかったかも。

 台詞も少ないし最初は単なる悪役の配下かなあと思っていたのですが、クライマックスの飛行船内の最後の戦いは、ロシュ伯爵の世界でした。
 飛行船のドンパチは派手ですが、マッツさんVSローガン氏の決闘はそれより、目を引くものがありました。ロシュ伯爵ののっしのっしと歩いてくる姿は威圧感が大きく、でも「貴族」らしい滑らかさはそのままで。 
 今回の衣装、ボディーラインがくっきり浮き出ていて、後姿は少し恥ずかしかったです。…深緋の色がこれほどお似合いになるとは思って見ませんでした。

 オーリーファンの友人も「バッキンガム公と逆でも良かった」と言っていましたが、このマッツさんの右手のみ使った剣闘の見事さを堪能できました。この作品のみで確実に会えないと思うと寂しいのですが、ロシュフォール伯爵でよかった!と思います。
 
プロフィール

高砂 舟

Author:高砂 舟
twitterもやっています。
@takasago_fune

偏った本読みと太極拳が趣味です。低レベルですが腐です。
今はグレアム・グリーン継続中。星野道夫さん、宮澤賢治氏、藤沢周平氏をよく読んでいます。
植田正治氏の写真も大好物。

大人計画とグループ魂とっかかり中です。

宝塚は長く観ています。観劇回数は少なくとも、おばあさんになるまで細く長く見ていきたい所存。

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